Gary Baseman

 LAウェスト・ハリウッドの高級住宅地。エンターテインメント業界における成功者たちが居を構える一角に、アメリカで一番人気のアーティストが住居兼スタジオを構えている。
  その名はゲイリー・ベイスマン。
  「New Yorker」「Time」「Rolling Stone」「GQ」「Forbes」「Esquire」「The New York Times」など、メジャー誌から引っ張りだこのイラストレーターであり、コマーシャルでコラボレートした企業は「NIKE」「Mercedes-Benz」「Capitol Record」「Gatorade」ほかビッグネームが勢ぞろい。NY、LAを中心に国内外で個展を開き、ローマ現代美術館及びナショナル・ポートレート・ギャラリー(ワシントンDC)には作品が永久コレクションに加えられるなど、絶好調ばりばりのファイン・アーティストでもある。
  それだけじゃない。アメリカで最も売れているボード・ゲーム「Crunium」のコンセプト・アートを担当し、トイ・デザイナーとして世に送り出す限定版トイは片っ端から売れていく。エグゼクティブ・プロデューサーとして製作指揮をとった自作のテレビ・アニメシリーズ「Teacher’s Pet」(写真右参照)は3年連続のエミー賞に輝き、ディズニー配給で映画化され話題をさらった。
  ほかにも「Zippo」ライターのライン・デザインや絵本制作など、依頼は次から次へと舞い込み、「いま20以上のプロジェクトを同時に進行させてるよ」という超売れっ子ぶりである。にも関わらず、各メディア取材に快く応じ、サービス精神一杯にアート論に花を咲かせる。サイン会ではファン一人一人と細やかなコミュニケーションをとり、スケジュールが1~2時間長引く事はしょっちゅうだ。更には、全米中のアートスクールなどでレクチャーを精力的に行い、後進の育成と業界の活性化に貢献している。
  このエネルギー、このパッション。絵を描く事が大好きだったゲイリー少年は、成長するに従い、アートへの迸る情熱を忘れるどころか増大させ、一流アーティストになりますますエネルギッシュに、あらゆるメディアで縦横無尽に創作の羽を広げている。「Pervasive Artist」(註1)と自称するが、その多作さ、活動範囲の広さにおいて同時代のアーティストを凌駕する彼を、これほど的確に表す言葉はほかにないだろう。
 昨年春、初めての総合画集「Dumb Luck The Art of Gary Baseman」(Chronicle Books)を出版した。これまでに制作したペインティングとイラストレーション、テレビアニメとアイデア・スケッチ、広告の仕事とプライベート・コレクションである古い時代の写真を並列させ、ゲイリー・ベイスマンの世界がどっぷり多角的に堪能できるようになっている。「このアートブックで、ハイアート(高尚芸術)とコマーシャル・アートの境界線を曖昧にしたかった」と自ら解説するように、アート業界にこびりつく、無駄な階級意識や境界意識を小気味良く一蹴しているのが、Pervasive Artist、即ちベイスマンであり、同書は正に本人にとって面目躍如の一冊に仕上がったといえる。
  素顔は気さくで謙虚な人柄。彼を慕う人間は、ファンは勿論、業界内にも少なくない。プロフィールに自ら「Humorist」(ひょうきん者)と書くように、人を楽しませるのが巧く、レクチャーでも笑いに包まれないものはないという。しかし、自身のアートに話が及ぶと見解はとてもシビアになり、高みへ昇り詰めようとする貪欲さを赤裸々にする。
  「これまで手掛けた仕事のうち10%は最高に素晴らしい出来。20%はすごくいい。残りはもう最悪。とにかく、いい作品をつくり続けること、そしてそのいい作品に自分自身が驚かされたい。これが僕の達成すべき目標であり、幸せでもあるんだよね」
  作品づくりに対する強固な信念、真摯な努力に裏打ちされた大きな自信。生めば生むほど膨らむ作品=アートへの情熱。経済的にも人気面でも「成功」を手に入れたアーティストの辞書の中に、「休む」という2文字はない。「仕事を辞める時は、死ぬ時だよ」と微笑みながら、「やっと序奏に入ったばかり。これからがベイスマン・アートの始まりなんだ」と前を向いた。

前代未聞の大豪雨に見舞われた、ある日の昼下がり、ベイスマン邸を訪れた。玄関でゲイリーさんに「ハ~イ」と挨拶するや否や、「お宅拝見ツアー」が開始。美しいアンティークの調度品に囲まれたリビング、陶器の犬の置物、友人のアーティストから贈られたペインティング等など、見るもの全てに感嘆することしきりの取材陣。ゴージャスなレザー・カウチにびよ~んと伸びるアブラカタブラちゃん(ゲイリーさんの愛猫)の歓待を受け、スタジオに導かれるとそこはまるでプチ美術館。アンティーク・マネキン(の首)が整然と並ぶ棚の上、その棚の中にはお宝トイや日本の怪獣フィギアが並ぶ。作品を収納したライト・グリーンのキャビネットをがさごそしながら、多くのポートフォリオを惜しげもなく見せ、面白おかしく解説してくれたゲイリーさん。スタジオ内を歩き回りながらアッという間に過ぎて行った2時間半のジェットコースター・インタビュー。まずは秘蔵写真の公開で始まった。

Gary BASEMAN (GB):これ、ちょっと見てみて。1920年代頃のハロウィンの写真(註2)。eBayとかフリーマーケットで集めたんだ。超シュールでしょ? (スプーキーなウサギ=のコスチュームを着た人=を指差し)こんな人が白昼、道の向こうから歩いてきたらどうする? なるべく関わり合いたくないよね(笑)。現実には有り得ない存在だよ。
ARTas1編集:デビッド・リンチの世界みたいですね~。
GB:正しく! 白昼夢や悪夢の中でしか存在できないものたちに見える。こういうイメージにはすっごくインスパイアされるよ。他にもアンティーク・マネキンや僕がコレクトしてるもの、友人のアーティストたちとか、全てのものから影響を受けてるんだ。うちの猫は作品のモデルによくなる。いま4匹いて、昔はお腹の子猫も合わせて13匹いたんだよ! ほとんど里子に出したけど。
編:ゲイリーさんの着ているTシャツ、可愛いです(写真参照)。
GB:ありがとう! 僕のキャラクターでクリィミィ(Creamy)っていうんだ。甥っ子(4歳)が好きなんだよ。可愛いし、見て面白いから。でもね、僕がクリィミィを創造した真意は他にある。クリィミィは「Happy Idiot」シリーズ(写真)を構成する、「手の届かない美しき者」への憧れを抱いた“愚か者”の一人なんだ。
  主人公のスノーマン(「Happy Idiot」写真)初め、ここに出てくるクリーチャーたちは、欲望の為に自分を犠牲にする運命にある。スノーマンの3つの顔は、自我、超自我、イドを表現していると考えてみて。その欲望の対象が、スノーマンの腕と舌に抱かれた人魚であり、手足が「∞」のループ状になっているInfinity(永遠、∞) Girlsなんだ。彼女達は、僕のスタジオにあるマネキンの様に完璧な美を備えているけれど、実際には存在しない。だからこそ、スノーマン達は求めずにはいられないわけ。スノーマンは人魚に恋し、自分を溶かしてその水の中で人魚に生きてもらおうとする。自己犠牲の話なんだ。
編:深い。
GB:うん。ところが、欲望には2種類ありダークサイドがある。それがスノーマンの「分身」で、“肉体”を持っている。スノーマンが溶けた水の中に生きていて、そこで人魚を貪り食ってしまう。
編:それは、愛する人と一つになりたいという願望の現れ?
GB:う~ん、というより自分の欲望=食欲を満たしたいんだな。この「分身」のアイデアは自分でも気に入ってるんだ。クリィミィに話を戻すと、彼は欲望の為に溶けちゃうんだ。自分で自分をコントロールできない。かなりセクシュアルな存在なんだよね。理想化された憧れや愛というスウィートなものと、暗い欲望やセックスへの願望が表裏一体に、自己犠牲という形を通して表現されているのが、「Happy Idiot」なんだ。カートゥーンのような手法で、見た目はイノセントだけど、その実内容は大人の寓話ってこと。このカートゥーンっぽい手法は、自分が成長する過程で身に付けた僕自身の「映像言語」。最も消化し易く、最も人を惹きつけ易いスタイルだと思う。
編:ゲイリーさんの色使いも独特です。
GB:ホント? 色はなるべくシンプルに抑えるようにしてるんだ。あんまり色が多いと、作品への感情移入が散漫になるし、ストーリー表現に収拾がつかなくなるからさ。

GB:ガイコツは好きなモチーフでよく描くよ。「人は死ぬべき運命にある」という事を常に思い出させてくれるから。死を恐れるという事じゃない。生を尊ぶ事、限りある時間で何を成し遂げられるか、という考えなんだよね。このガイコツは他のペインティング (Unattainable Beauty他)にも登場する。こういう風に、自分のキャラクターたちを様々に組み合わせながら、いろんなペインティング作品に登場させているんだ。僕の場合、一つプロジェクトが終わったら次にすぐシフトという具合に直線的に進むものではなく、1度使ったらそのキャラクターの人生はもう終わり、ってこともあり得ない。いま生み出したキャラクターが10年後には本になるか映画になるか、違う形で登場するかもしれない。頭の中にどんどん浮かんでくるアイデアを長年温めることもある。僕のクリエイションはループになって循環してるんだ。例えばこのハッチャッチャッチャー(Hotchachacha)も…。
編:あはは! ハッチャッチャッチャーって名前が妙におかしいです(笑)!
GB:あ、知らない? ジミー・ドラーニっていう、でっかい鼻したコメディアンからとったんだ(40年代に活躍)。何かあるとすぐ「ハッチャッチャッチャッチャー!!」(笑)って言うので有名で、小さい頃テレビで見てたからいつも頭にこのフレーズがあってさ。僕のハッチャッチャッチャーは、デビルで、足が3本ある。ディズニーの偉い人と食事した時、彼がハッチャッチャッチャーのイラストを見て「ゲイリー、3本足はまずいよ」ってコメントしたんだ。だから僕は「大丈夫。ディズニーには絶対売らないから」って返したよ(笑)。
編:ディズニーとは、映画版「Teacher’s Pet」(写真)でコラボレーションされました。
GB:製作の上では寛大なまでに自由をくれた。脚本家も最高の仕事をしたし、声優も音楽(ロンドン・フィルハーモニー)も素晴らしかった。キャラクターの版権は、全部ディズニーにいったけど(笑)。僕がスポットとかを何かの作品に使おうとするなら、ディズニーに許可をもらわないとならない。普通は、自分の作品/キャラクターの権利は僕が持ってるんだけどね。でも、日本では公開されてないんだよ。残念だな。ウケると思うんだけど…。まあ、ディズニーは“大企業”だからね。なんとなく言ってる事、判るだろ? 彼らにとって大事なのは「ミッキー」とか「プーさん」とか超有名なプロパティであり、僕みたいなポップ部門、「ベイスマン・ブランド」には、真剣に興味を注いでくれないんだ。
編:ゲイリーさんの作品は、見れば見るほど、もっともっと見ることが必要になってくるように思います。1作品の中に、幾重にも折り重なった物語や意味のレイヤーが潜んでいる。時間をかけて見ることを要求されますよね。
GB:そうかもしれない。僕はイラストレーターとして10年のキャリアを積んできた。もうほとんどコマーシャル・アートを手掛ける事はないけれど、いかに強烈なイメージで即座に人を惹きつけるかという事を学んできたんだよね。でも、ペインティングに力を入れるようになり、オーディエンスにはどのぐらい深く作品を理解してもらうか、そしてどのぐらいオーディエンスの期待を裏切り、平手打ちを食わせるか、決めるようになった(笑)。僕にとっての創作とは、イメージ・メーカーとして作品世界に君臨する事なんだ。僕がコントロールする側にあり、見る側を導く役目を負っている。それから創り手と受け手とのダイアローグを引き出したいんだよね。
  また、クリエイトする事で、オーディエンスを驚かせる前に自分自身を驚かせたい。制作課程では、自分に対して期待を抱く。つまり、作品をどう仕上げていくのか、作品世界をどう理解していくのかっていう。「いい作品を作っている」と自分を落ち着かせたい、ピースフルな精神状態でいたいんだよ。今はいい暮らしも手に入ったけれど、毎晩寝る前に「今日もいい仕事をしたな」と、自分自身で実感できる事が目標なんだ。納得の行かない仕事だと自分自身を呪いたくなるよ、ホントに。
編:いい仕事を続けていくのが、人生の目標?
GB:イエス! 最終的なゴールでもあるし、毎日のゴールでもある。子供の時からいい作品を作ることが目標だったんだ。これ見てよ。(キャビネットを探りながら)9歳の頃に描いた絵で、コンテストで優勝したんだ。
編:アーティストになるのは運命でしたね。
GB:僕もそう思う(笑)。ずっとプロフェッショナルなアーティストになりたかった。4年生の時には絵本も作ったんだよ。クリエイトする事が大好きで、アートが全てだった。何でかって聞かれると、わからない。小さい時から絵を描いて、人に誉められサポートを受け、自分を驚かしてきたからね。
編:ご両親は応援してくれました?
GB:もちろん。画材を買ってくれたし、いつもサポートしてくれた。これが父と母だよ(家族のポートレート写真を見せてくれる)。二人とも東ヨーロッパからの移民で、ナチスの迫害から逃れる為にアメリカに来たんだ。僕はアメリカで生まれ育ったファースト・ジェネレーションってわけ。両親が住んでいた町は元々人口4000人だったのに、迫害で200人まで減らされてしまったんだよ。本当にクレイジーな時代だったと思う。
編:駆け出しの頃は苦労されましたか?
GB:そりゃあね。みんなと同じ、大変だったよ。アート・ディレクターにポートフォリオを見せて回った。僕はアカデミックな美術の勉強ってしてないんだ。UCLA卒(米学会で名誉のThe Phi Beta Kappa受賞)で専攻はコミュニケーションと法律。卒業後は連邦通信委員会でリーガル・インターンをしたけど、いつも、アーティストになるのを諦める事に恐れを抱いてた。小さい頃からずっとアーティストになるって決めてたし、周囲にもそう話していたから。その後、アド・エージェンシーに勤めたんだけど、自分が惨めで堪らなかった。今みたいに、自分のやりたい事に対してもっと勇敢だったらと思うんだけど、当時はアート以外、何をやっても惨めに感じて。だから結局、自分が一番自信を持てる事をやろうと決心し、1年でエージェンシーを辞めたんだ。
  それからポートフォリオ作りに熱中し、NYに行ってアート・ディレクターのスティーブ・へラー(註3)に作品を見てもらったよ。24歳の頃かな。スティーブは若手アーティストの発掘に熱心で、チャンスをくれるんだ。電話すると「よし。ポートフォリオ持って朝7時に集合!」って感じ(笑)。親友の一人、グレッグ・クラーク(註4)と一緒に行ったんだけど、最初のレビューでは、スティーブはグレッグの作品の方が気に入ったみたいで、こっちはもう大ショック。帰り道、ポートフォリオ・ケースを道端のゴミ缶に投げ捨てた。グレッグが(ケースを)救ってくれたんだけどね。
  でも諦めず、もっと集中して新しいポートフォリオを作り、再度スティーブの元へ行った。すると2度目は「良くなった」って言ってくれ、3度目に見せた時、「The New York Times」 の「Book Review」(タブロイド版書評別冊)夏号にイラストを描かないかって、初めて仕事をオファーしてくれたんだよ。「ニモ」みたいな感じの小さいキャラクターが、例えばフィクション・セクションからガーデニング・セクション、スポーツ・セクションからアート・セクションへと、各セクション毎に通しで顔を出すってアイデアで、興奮したね! 何枚ものスケッチを持って行った。
  アート・セクション用のスケッチに、ヒエロニムス・ボッシュの「Garden of Earthly Delight」みたいな、お尻に花を突き刺した男を描いたんだ。どこまで描いてOKか、自分の限界はどこまでか知りたかったから、このボッシュをやったんだけど。そしたらスティーブが「これは何だ?」って聞くわけ。僕が「ボッシュです。“ファイン・アート”です」って答えると、スティーブは、「ボッシュが描けば“ファイン・アート”でも、君が描けばただの“尻に花を突き刺した男”でしかない。取るように」って言われて(笑)。「Book Review」は結局カバーも担当し、これが僕のビック・ブレークになったよ。
  グレッグとはもう24~25年もの友情が続いてるんだ(ゲイリーさんの自宅にはグレッグさんのペインティングが飾られている)。彼は本当に才能のある人間。彼とは一緒に、バーにいる女の子をナンパする目的で、「バー・スケッチ」を始めてさ。
編:ナンパは成功しました?
GB:なぜかダメだった(笑)。
編:「Kidrobot」(註5)のサイン会は凄かったですねー。(Kidrobotサイン会の写真はここをクリック)!
GB:クレイジーだったよねー!! 結局何人にサインしたかな? 70人?3時間半はサインしてたと思う。
編:ゲイリーさんはただサインをするだけじゃなく、一人一人といろいろお話してましたよね?
GB:だってみんな、2時間は外で(行列を作り)待っててくれたんだよ? ただサインしてサヨウナラって、つまらないじゃない。名前を聞いたり、どこから来たのか聞きながら、もっとコミュニケーションをとりたいし、現場に積極的に関わりたい。サインと一緒に、ちゃちゃっとドローイングしたりね。
  サインも、僕にはある種の新しい勇気を必要とする、チャレンジなんだ。今まで沢山サイン会をこなしてきたけど、「クマに見立てて描いてくれないか」とか「うちの犬を描いて欲しい」とか言う人が一杯いてさあ(笑)。そんな事頼まれたって、「君とは赤の他人じゃないか」と内心思うんだけど、「いやいや、これもチャレンジだ」と思い直すわけ(笑)。未踏の領域で新たな経験をするのも、また挑戦。いつも臨機応変に対応する事を忘れないようにしたいよね。
編:母校の小学校でもサイン会を開かれました。
GB:そうなんだよ。母校の記念行事に参加したんだけど、楽しかったなあ。僕が小学生の時、当時のワーナー・ブラザースのディレクター、ボブ・クランペッツ(「バックス・バニー」「トゥイッティー」ほか有名キャラクターの生みの親)が講演に来たんだ。娘が同級生でね。彼の話にはすごく影響された。だから僕も、いつか自分の小学校に戻って話をしたいと思ってたんだ。
編:昔のゲイリーさんみたいに、今の子供達も影響を受けたかもしれませんね。
GB:そうだといいな。頑張ったからさ(笑)。話の後に、サイン会をしたんだけど、2時間半サインしっぱなし(笑)。小さい子達が紙を片手に、ずら~っと校舎を1周する程の長い列に並んで待ってるんだ。こりゃあ頑張るしかないよ。だから全員に「何を描いて欲しい?」って聞いちゃったんだ(笑)。ああ、思い出すだけでクレイジー(笑)。そしたらみんな「ウサギ!」とか「Teacher’s Pet!」とか「何でもいい!」とか。僕も「OK! 何ができるかチャレンジだ!!」って…。
編:そりゃあもう、みんなゲイリーさんが大好きだわ…。
GB:そうかなあ…。わかんないよ(笑)。まあ、嫌いじゃないんだよね、こういうこと。同様に、人に影響を与えられるってことで大好きなのが、レクチャー。アーティストを目指す学生に、「誰かに発掘されるのを待ってるのは時間の無駄。自分から行動しなければ何も起きない」って事を伝えたいんだ。創作活動を行う以上、自分は作品に対して責任がある、如何に自分の作品世界を築き上げていくか、仕事を取る為どんなアプローチが必要か、教えてあげたい。
  それとね、どこかデザイン事務所に作品を持って行っても、コメント/アドバイスを求めるだけに控え、仕事があるかどうか聞くのはよくない。例え作品を気に入られなくても、気にする必要は全くないんだよ。もしかしたら自分の作品が素晴らし過ぎるからかもしれないし、もしくはそのディレクターとは全く違う世界に生きている人間だからかもしれない。要は自分。作品に自信がなかったら部屋にこもってひたすら描く、最高のポートフォリオを作ることだね。
  こういう事は全部、自分の経験や失敗から学んだ事なんだ。自分がキャリアをスタートさせた時、素晴らしいアドバイスをくれる人もいれば、ぼろくそに言う人もいた。僕個人はポジティブな意見を取り入れ、ネガティブなものも次へのステップアップに利用したよ。
編:イヤらしい言い方をすれば、自分の経験を全て話す事で、ライバルを増やしてしまう結果になりませんか?
GB:大丈夫。駄作からは仕事をもぎ取れるから(笑)。人にアドバイスする事で、自分にも作用する。アートを中心にしたギブ・アンド・テイクというか。僕はクリエイトするのと同じぐらい、もっともっといいアートやアーティストに出会うのが大好きで、インスパイアされたいんだよね。
編:仲のいいアーティストのお友達には成功されている人が多いですが、お互い刺激し合う関係ですか?
GB:勿論。ティム・ビスカップ(註6)を初め、みんなLAにいて、いま僕はスペシャルなLAアート・コミュニティの中にいると思う。LAルネッサンスみたいな感じ。彼らからはとても影響を受けるし、僕も彼らに影響を与えられていたらいいな。自分では、自尊心と謙虚さのバランスをとるように努力してるんだ。いつも「自分には才能が足りないからもっと努力しないといけない」と言い聞かせ、初心に戻るというか。ただのいい仕事をしたくない。最高にグレートな仕事をしたいんだ。いい仕事か悪い仕事か自分では瞬時にわかってしまう。どっちに転ぶかは紙一重の差なんだ。集中しなければ全ては凡庸な作品になってしまう。
GB:いずれ、自分のエンターテインメント・カンパニーを建てたいんだ。何の制約もなしに、自分のキャラクターを制作できる環境をつくりたい。誰にも修正/編集されない環境をね。コマーシャル・イラストレーションの世界を離れたのも実は、制約されたくないという思いからなんだけど、今では自分で自分に制約を課し、作品を「編集」していることに気づくんだよ。勿論、「編集」は更に力強い作品を生み出す為の作業といえる。でも、僕は自分でいつの間にかこしらえたパラダイムの中で創作している。
  例えば、「Time」マガジンから継続的に依頼が来るのは、僕の仕事ぶりは早いし、僕が彼らの創作のツボをうまく押さえてるからなんだよね。つまり、雑誌の“枠組み”を知っているってこと。でもこれは、制限の中で創作しているに過ぎない。自分が本当にやりたい事は、創作の境界線を押し広げ、まだ足を踏み入れていない広大な領域で創作活動を行う事なんだ。そして尚且つ、一つの領域に自分の思考を安住させない事。そして、人間性の真理や、僕達が生きている時代というものを追求していきたい。チャレンジングだよ。
  このチャレンジを続け夢を実現する為に、Pervasive Artistという言葉を作った。僕達が生きている現代は、全てが即時的な「メディア」に支配されてるよね。インターネットや500チャンネルもあるテレビ、映画、ビルボード、デジタル・ラジオ…。見たいもの聴きたいものを瞬時に選べる世界だよ。現代社会とコミュニケートしたいなら、あらゆるメディアを駆使しなければならない。アーティストとして、この点に義務を感じてるというか。ギャラリーでの個展開催は大好きだけど、それだけに留まりたくない。ヴァニマルズを制作するだけというのも嫌なんだ。活動を制限したくない。“ゲイリー・ベイスマン”というアイコンを世に送り込みたいんだ。自分の美学に対して真摯で、作品やコンセプトに一貫した強烈な意味合いを持たせることに成功しているなら、どんなメディアでも表現できるはずだし、多くのアーティストが実行していることだよ。
編:愚問ですが、これまで作ったキャラクターの中で、どれが一番気に入ってますか?
GB:難しいなあ。みんな僕のベイビーだから。リターディ(Retardy)は最初に生まれたコだから可愛くてしょうがないかも。いつも遅れちゃう(retard)って性格設定だからこの名前なんだよ。あとはスポット(Spot)かな。初めてのテレビ・キャラクターだし。それからラッキー・ラビット(Lucky)だな。ラッキーはハッピーなヤツなんだけど、その片足は木製の義足、いつの日か本当のウサギの足(注7)が手に入る事を夢見てる。キャラクターのほとんどは僕の分身で彼もその一人なんだけど、彼の場合僕の人生哲学を反映させているんだ。夢を追うために必死に働いて働いて、それでも結局、全ては“まぐれ運(Dumb Luck)”次第ってこと。ただし、報われないって事はない。
編:ははあ…。すべては“まぐれ”、なんでしょうか?
GB:まあね。どんなに一生懸命働いても、何も起こらないことは多々ある。運任せって事がほとんどだよ。
編:日本で言う「人事を尽くして天命を待つ」、みたいな…?
GB:そうだと思うよ。でもさ、天に届くよう頑張る事は無駄じゃない。さもないと、地獄に留まるしかないからね(笑)。
編:天に届くよう頑張っても、もし天国がなかったら?
GB:なかったとして問題ある(笑)? 少なくとも何か行動を起こしたってことに意味があるよ。
編:ものすんごい仕事量ですが、どうやってモチベーションをキープしてますか? その強烈なパッションはどこから? もうノンストップでお仕事されてますよね?
GB:う~ん、他にやることもないし(笑)。仕事を辞めたら、それは死ぬ時だと思う。
編:かっこいい! ところで過密スケジュールを持続するのに体力も必要では?
GB:水泳で鍛えてる。近所のプールのメンバーで、1時間は泳ぐよ。ジョギングもする。高校時代はランナーだったんだ(註8)
編:生まれ変わったら何になりたいですか?
GB:コレ(自分を指差し)、同じでいい(笑)。多分、もうちょっと賢くなって、もうちょっとハンサムになったらいいな(笑)。
Interviewed by Yumiko Loose
(註釈)のところをクリックすると解説が出ます。


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